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アレクサンダー・テクニーク - 新しいヒント

2022年9月24日
読了時間: 3分

今読んでいる「現在坐禅講座」と言う本、非常に気に入っています。「坐禅」という言葉を「太極拳」と置き換えるとそのまま太極拳の教科書になるのではないか、って感じるぐらいです。この本は、もう少しで読み終わるので、そうしたら改めてご紹介します。


この本の中で、アレクサンダー・テクニークっていうのが紹介されていました。面白そうなのでもう少し深掘りしてみることにしました。昨日、買った本が届いたので、早速読み始めます。


真理を求めて旅をしていると、いろいろなものが向こうからやってくるものですね。「現在坐禅講座」からの引用です。


「F.M.アレクサンダーは日常行為における間違ったからだの使い方(誤用)が身体的、心理的な諸問題と密接に関連していることを見出し、この「誤用」をやめるようにと指導する技術を開発しました。多くの場合、このからだの「誤用」はもはやその人の習慣になっていて意識されなくなっていますから、自分だけでは簡単に変えることができません。たとえ誤用に気がついたとしてもそれを変えようとするその努力自体が誤用に基づいているからです。「努力」とは自分がすでに知っていることを強化することでしかありません」と言い切っています。その指導の実践体系は現在「アレクサンダー・テクニーク」と呼ばれていますが、実はそこでも、頭ー首ー胴体の正しい関係が最も重視されています」


立っていると自然とつま先に体重がかかってしまう、まき肩になって肩がこる、っていうのが「誤用」の例だと思います。太極拳を指導していても本人が気づいていない、もしくは気づいているけど治すことができない「誤用」と出会います。すでに治すことを諦めてしまっている人もいます、長いことこうだから、っていうことで。


「くれぐれも気をつけなけなければいけないのは、(無理のない正しい姿勢)の状態を作り出そうとして筋肉(外筋)を使って、つまり緊張させて体を動かすのではないという点です。ただそういう状態になっていることを思うだけ、そしてそういう状態になっていることを感じるだけでいいのです。たとえば無理に首を伸ばそうとするのはこれまでの誤用の延長でしかありません」


これまで姿勢の修正は、物理的に外から生徒さんのからだに物理的な力を加えることで行ってきました。この方法には限界がある、と感じていました。こちらから物理的な力を加えると、多くの場合、治される側から反発の力を感じます。言葉で説明しても、なかなか理解してもらえません。最終的には生徒さんの感覚に委ねるしかないと思うのですが、その方法が今のところわかっていません。


「正しくないことをやめれば、正しいことは自然に起こる」


アレクサンダー・テクニークのような発想は私にとっても全く新しいものではないです。今までも、手首に力が入ってしまって真っ直ぐにできない生徒さんに、真っ直ぐにするためには曲がっている方向と逆側の筋肉の使うのではなく、曲がっている方向の筋肉(つまり手首をその方向に引っ張っている筋肉)の力を抜いて真っ直ぐにすることを求めてきました。


これを実践するための方法を感じ取るためのヒントをアレクサンダー・テクニークから感じ取れたら良いなと思っています。結果として、自分の教え方にもさらに厚みを持たせることができれば良いなと期待しています。


真理を追い求める中、いろいろな考え方と出会うことができて、楽しいです。





これからもいろいろな話題を紹介していきます。

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