top of page

怒り

2024年1月27日
読了時間: 4分

ちょっと気に触ることがあって、久しぶりに怒りました。昔に比べて随分気は長くなったのですが、まだまだ修行が足りない、と感じました。


気分を落ち着かせたいこともあって、「怒り」について色々と調べてみました。


最初に開いたのは、般若心経を説明した本です。「瞋恚」と言う単語が怒りの心として紹介されていました。自分の思い通りにならない状況に対する憎しみの心、と定義されています。怒りの心があると、身がカーッと熱くなり、心も興奮してやまなくなり、それが悪行につながるのだそうです。確かに怒っている時は、体は熱っぽくなるし、心は落ち着かなくなります。


ホームページも幾つか覗いてみました。自分の欲が妨げられた時、邪魔された感じる時に怒りの心が生じると言う記載がありました。


何か酷いことをされた場合には、腹を立てるのは当たり前、と考えても当然ではないか、と考える一方で、その当たり前と考えることの結果が、自分の理性や強要を吹き飛ばし、冷静な時には絶対やらないことをさせてしまうことがあるそうです。


怒っている時って、心が制御できなくなっていることが多いので、確かに余分なことまで行ってしまったり、やってしまったりしがちです。自分を正当化するために、過去の解決したことまで持ち出して、あれこれと怒っていることに理由づけをしたりもします。


「怒りは無謀をもって始まり、後悔を持って終わる」と言う数学者ピタゴラスの言葉があります。


色々と読んでいたら、気分もずいぶん楽になってきました。


どうも「怒り」の前提には、「こうなるはずだ」と言う自分の思いがあるように感じてきました。他の人に対して、自分の物差しで、こう言うことはしてくれるだろう、こんなことはしないだろう、と言う予測があって、それが裏切られると怒りが沸々と湧いてくるのではないかと思います。


改めて考えると、「こうなるはずだ」と言う自分の思いは、自分の主観でしかなく、それが万人から見て正しい、正当化されるべきものだと言う保証はどこにもありません。怒る直前の「こうなるはずだ」と思いは、我執や欲に塗れていることが多いのではないでしょうか。


「なんでこの人はわかってくれないのだろう」と言う思いの裏には、「わかってくれて当たり前」と言う思いが潜んでいます。自分の考えを否定されて怒る感情の裏には、自分は正しくて、否定されるはずはない、と言う思いがあると思います。


自分が抱く「当たり前」と言う思いと、怒りって実はかなり関係が深いように思えてきました。


危険から大切なものを守ろうとするために「怒る」、と言うのも面白い考えだと思いました。本当に大切なもの、例えば家族、が危険に晒されたので、怒るってこともあると思いますが、自分の「当たり前」を大切なものと感じてしまって怒るって言うのもあります。


こんなふうに考えていたら、怒る前に、怒った結果をちょっとでもいいから考えてみる、「当たり前」と思っていることが本当に当たり前なのか考えてみる、怒ることによって本当に守る価値があることなのか、といったプロセスを持てると必要以上に怒らなくて済むのかもしれません。


言うは易し、行うは難しです。脳の一部、前頭葉が怒りの感情から冷静さを取り戻すには、3から5秒かかるそうです。「大丈夫、なんとかなるさ」「怒るより話を聞いてみないとわからない」といった心が落ち着くような言葉を自分の心に言い聞かせて、冷静さを取り戻す時間を確保するのも良いようです。


こんな思考を繰り返していると、そのうちもう少し怒りをコントロールできる日が来るのかもしれません。


平静な心を常に維持しながら、太極拳を向上させるための一つのステップです、きっと。




コンタクト ー ご興味のある方は是非ご連絡ください


電子メール: mitchsato17@yahoo.com

Homepage:

呉式太極拳教室「太極の小径」では、2024年4月からの生徒さんを募集しています。詳しくはこちらからご覧ください。




これからもいろいろな話題を紹介していきます。

最新のブログをご覧いただくために登録をお願いします


このブログが面白かったら、こちらもポチッとお願いします。


最新記事

すべて表示
初めて太極拳を教えた時の映像

何事にも初めてがあります。2018年、今から8年前に初めて太極拳のグループレッスンの担当になった時の映像が出てきました。懐かしい気分になったので、ブログにしてみることにしました。 https://www.facebook.com/share/v/1PLFTQu23p/ 緊張しているせいか、キョロキョロしている感じです。 攻腿(体を前に移動させる)時の姿勢の確認をしています。呉式太極拳では、体重を前

 
 
 
自分の体のメインテナンス

おかげさまでレッスンの時間が長くなってきたため、立っている時間がかなり長時間になる日が増えてきました。たかが立っている状態ではありますが、それなりに体は使っているので、疲労は蓄積します。それほど若くもないので、体のメインテナンスの必要を感じます。 若い頃は、疲れるとマッサージに行くことが多かったです。できるだけ強く揉んでもらって、強引に揉み解すような感じでした。定期的に通うのではなく、疲れを感じて

 
 
 
自分のこれからの鍛錬の大きな変化です

元来、変にプライドが高いせいか、何かを教わるのであれば、自分が本当に信じられる人からしか教わってこなかった傾向がありました。特に太極拳に関しては、自分自身、それなりに鍛錬を積んできたと言う自負があるので、なかなかよく知らない人に教えを乞うことができませんでした。 この傾向に拍車をかけたのは、自分がシンガポール時代に学んでいた先生の影響です。私の先生は、自分のやっていることが正しく、他の人は間違って

 
 
 

コメント


bottom of page