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修行中に学んだこと⑨ - 太極拳の目的

技術的なことはほぼ書き尽くしました。改めて書いてみると、結構いろいろなことを学んだ気がします。この間のブログで隣の芝生は青く見えると書きました。その思いは今もありますが、自分もそれなりに教えられるものがあることが確認できました。自信を持って教室を開きます。


今日からは、技術的なことではなく、太極拳をやってきたことで、気づいたことを書いていきます。9年近くも毎日練習してくると、いろいろなことを考えました。そんな中からいくつかのことを紹介できたらと思います。


今日は、私が描く太極拳をやることの目的について書きます。


太極拳を始めたばかりの頃は、武術家になりたい、なんて思っていました。何を持って武術家って言うのかもよくわかりませんでしたが、何か一つのことに打ち込む、太極拳を単なり踊りではなく、武術としてしっかり学びたい、そんな思いだったように思います。


套路を覚えたばかりの頃は、とにかく誰よりも練習量をこなそうと考えるようになりました。早くうまくなりたい、他の人よりもうまくなりたい、って思いがかなり強かったと思います。今になって、そんな感じで太極拳をやっている人を見ると、動きが硬いなぁ、って感じるようになりました。私は、そんな思いが人一倍強かったはずなので、きっととんでもなく硬い動きをしていたことでしょう。よく師匠にリラックスしろ、心の中のわだかまりを捨てろ、って注意されたものです。


套路の修正を何度も受けて、教えられるようになった頃は、きちんと教えられるようになることが目標になりました。実際に教えてみると、習うのと教えるのは別物だと気づきました。生徒さんがやっている動きを見て、「何かがおかしい」と思うだけでは何も教えられません。「何が」おかしいのかをしっかり認識して、何が原因なのかを考えて、その上で修正を施さないと、生徒さんの中でも消化不良を起こしかねません。いくら正確なデモを繰り返しても、きちんと説明してあげないと、同じ問題意識を共有してくれるとは限りません。


それなりに教えられるようになると、教える先に何を据えたら良いのだろうかと考え始めました。套路をきちんとできるようになることを目標にするのではなく、套路を通じて実現したいことは何だろうかと言う問題意識です。


武術として極める、って言うのも立派な目標だと思います。先日も書きましたが、残念ながら、私が学んだ学校は、武術としての使い方は教えてくれるけれども、実践として使えるレベルに至るまでの繰り返し練習はそれほど力を入れていませんでした。この環境では、武術として極め切ることはできないだろうと言う思いが湧いてきました。


太極拳は、動く禅、動禅だと何かの本で読みました。体を整え、呼吸を整え、心を整えていく。そして、欲を滅し、無私になっていく。そして、いつか自分とは何者なのか、自分を取り囲んでいる真実は何か、を悟れるようになりたいと思うようになりました。


今は、太極拳の向上は手段でしかないと思っています。落ち着いた心を持ち、無の境地になれるようになるための手段です。そのためには、頭で考えなくても自然に体が動くようにならなければなりません。どんな時も同時ない心を持つことも必要でしょう。


これに関しては、まだまだ自分も入り口に立っただけです。日本に帰ったら、さらに修練を続けて、一歩でもこの目標に近づいていきたいと思います。


そして私の教室で学ぶ生徒さんの最終的な目標としてきちんと掲げられるようにしたいです。




 

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