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時間に縛られない練習

土曜日は完全休養日です。かなり疲れも溜まっているので、本来は練習もお休みにしたいのですが、他の日がかなり時間に縛られているため、時間を気にしなくて済む練習を土曜日にやることにしています。





今回は、朝起きて、まずストレッチをして体を緩めた後、時間を決めないで立禅を行うことにしました。


立禅、ってとどのつまりは、立っているだけです。できるだけ身体も心もリラックスをさせて。


普段は、20分を目安にやっています。携帯のアプリを使って、水の音とお寺の鐘の音をかけて行います。このアプリ、20分たつと音で教えてくれるのではなく、水と鐘の音が消えます。元々瞑想用に作られたアプリなので、静かに瞑想を終えることを目指しているのだと理解しています。半分寝ているような状態になっている時には、終わったのに気がつかないこともあります。


静かに終わるとはいえ、時間を区切っているので、いつもは頭のどこかで「あと何分ぐらいだろう」って考えてしまいます。そう言う思いが出てくると身体を調整することに意識が回らなくなります。


ちょうどこの間読んだ本に、立禅は1時間でも2時間でも行う、という話が書いてあったので、自分ももっと長い時間をかけてやってみたくなりました。でも、1時間と言う目標を立ててしまうと、いつもの変わらなくなってしまうので、今回はタイマー設定なしです。水と鐘の音がなっているだけ。やめたい時にやめられます。続けたいだけ続けられる。


部屋の明かりを落として、壁に向かって立ちました。初めは身体を前後左右に揺すって力を抜いて、まっすぐに立てるバランスを探しました。身体の中心線を意識しながら、とにかくリラックスをすること、身体の中で緊張があるところを探す作業をひたすら続けました。


普段から立っていると左の肩が張ってくる感じがするのですが、今回もそれは同じでした。肩甲骨から上腕、前腕、手のひら、指先まで順番に力を抜くことで、肩の力を抜くことを試みました。これは、結構うまくいったと思います。


しばらくして、首が少し前に動いた時、首が「ばきっ」って大きな音を立てました。どこかの動きの加減で、首にストレスがかかっていたようです。この音で張っている状態が解消されたようで、肩もかなり楽になりました。


時間が経つにつれて、足の裏が痺れてきました。特に右足の踵付近。左右の足に均等に体重が乗っていない証拠です。腰が少し右方向に回転しているのが原因だと考えて、少し腰を左方向に回してみたり、左足に意識的に体重を乗せてみたりしましたが、あまり効果はありませんでした。


始める時は、痛みとか痺れが耐えられなくなる限界までやろうと思っていたのですが、なんとなく、そろそろいいかな、と思ってやめてしまいました。明かりをつけてタイマーを確認したら38分でした。いつもの2倍。ちょうど套路1本分の時間です。


立っているだけでしたが、結構疲れました。汗もかいたし。


何かはっきりとしたものが得られたわけではないですが、自分の身体、まだまだ歪みと傾きがあると感じました。この練習はもっとやらないといけないです。きちんと立てない人が、綺麗な套路をできるとは思えないので。




これからもいろいろな話題を紹介していきます。

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