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学び残したことに対する不安

本日、本帰国のためのフライトを予約しました。2月9日の朝の便で日本に帰ります。9年近くにわたるシンガポールでの太極拳の修行生活も区切りがつきます。


あと残り2ヶ月、と思うと、正直、学び残したことはないか、できないことはないか、って不安になります。


シンガポールの学校では、誰よりも師匠から師事を受けた時間は長いし、練習も多くしてきました。姿勢が必ずしもよくなく、柔軟性もない、言葉のハンディキャップのある私にとって、時間を使うことぐらいしか他の人よりも上達する方法が思いつきませんでした。


とりあえず、套路は、師匠が先代からうけた以上の回数の修正をうけたので、それなりに自信があります。とはいえ、最近、練習をしていると、自分でもまだまだだと感じられるところがいくつも出てきています。師匠の教え方は何度も見てきましたが、それを自分のものに仕切れているかというと、まだまだ経験は必要です。


推手については、もっと学ぶべきことがあると思っています。学校の方針で、あまり推手に力を入れてこなかったので、自分が師匠から受ける個人レッスンの一部を使って学んできました。随分理解は進んだけど、先は長いって感じがします。


まだまだ学べるものがある、と思うと、もう少し滞在を伸ばした方が良いのではないか、って考えが頭をよぎります。


そんなことを考えていたら、「師父領進門、修行在個人」と言う言葉と出会いました。私の記憶が正しければ、銭育才氏の「太極拳理論の要諦」にも出ていた言葉だと思います。今日は、中国語の本をパラパラとめくっていたら、偶然この言葉が出てきました。


「師父は門に進むを領(う)け、修行は個人においてす」と訓読しておきます。修行者のあるべき態度を示した言葉で、師匠は、入り口や方法を示してくれるのみである、修行は、自分が努力をすることによって行うものである、と言った意味です。


なんだか気分がすごく落ち着きました。何年滞在を続けて、教えを乞うても、最後は自分がいかに努力をするかです。腹が決まりました。


あと2ヶ月、できることは全てやる。

その上で、できないことは、できないと素直に認める。

できないことは、自分で真剣に研究を続けて、いつかできるようになるべく努力をする。


すでに自分ができるようになって、それによって他の人の役に立つことができることは、この5年間シンガポールで太極拳を教えることで証明できました。


もちろん、師匠が元気なうちは、シンガポールに年に1、2度は訪問して、指導を受け続けようとは思っています。でも、それを頼りにしすぎて、今、この時、ここ、で手を抜くことがないようにしたいと思います。


本帰国したら、いよいよ自分の教室を開くことになります。とても楽しみです。


 

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